当時の思い出
柳瀬 幸弘(S36,2T)
当時,北大合唱団のしきたりの一つに,1年間の最後の練習の場で,卒業(卒団)するメンバーが一人ずつ思い思いの曲を指揮する栄誉に浴する(または,苦痛に耐える)というセレモニーがあった。それを卒団試験と称したかどうか,定かではないが,(学生)指揮者以外の団員にとって,それは最初にして最後の指揮体験となる。
私がどんな曲を「振った」かは,すっかり忘れてしまったが,今でも鮮明に覚えていることは,合唱は今日で最後になるだろう,社会に出る(会社勤めが始まる)と,二度とこんな幸せな瞬間を味わうことはないだろう,と自分に言い聞かせながら,指揮台に立ったことである。おそらく,私の中には,厳しい実社会の生活に趣味や道楽の入り込む余地なんかあるはずがないという気持ちがあったのかもしれない。
三十数年後の本日,こうやってステージにのっている現実に戻ると,なんとラッキーであったか,なんと長続きしたことか,なんと先見性がなかったか,と思わずにはいられない。当時の仲間が残らず,ここに集っているとは限らないことを考えると,自らの幸運に乾杯したい思いになる。
そんな思いを巡らすと,この三十年間を瞬時にして飛び越え,タイムスリップすることができる。
いまやOB会の好々爺となっているが,当時はことのほか厳しかった上級生に練習態度がたるんでいると叱られたこと…合宿で班ごとに競った自慢料理の味くらべ…合唱コンクールへの途上,青函連絡船の船室でアドリブ(即興)でハモった黒人霊歌の楽しかったこと…大雪となった11月
3日の定期演奏会にゴム長を履いて(ズボンの裾を上からかぶせて)ステージに乗ったこと…などなど。最近では,久しぶりに会う昔の仲間と盃を酌み交わす機会があると,こんな話が無尽蔵に出てきて,酒の肴には事欠かない。
さて,私たちが当時憧れを持って実感したことの一つに,私たち現役の演奏会に賛助出演してくれたOB合唱団の演奏がある。卓越したテクニックに支えられた素晴らしい合唱は現役の私たちには到底及ばない高い音楽性をもった音楽であった。
そして,その時現役であった私たちは,いまOBとして,本日も賛助してくれることになっている現役の諸君の,若々しくて,よく鍛えられた素晴らしい合唱に驚嘆の賛辞を禁じえず,心から大きな拍手を送らずにはいられないのである。
この,時の流れ(AGING)をどう理解すればよいのだろうか。
(第5回OB演奏会プログラムより転載)